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じぶんにばかたれと

私は風邪をこじらせた
三連休の間、車中泊や寒い中に夏休みボケの怠惰な体を置いたのがたたったのだろう。
折角なんでなんか書こうと思う。

3月のことがあって以来、命とはと考えることが多くなった。
いつしか、核実験や偽りの核の平和利用で既に汚された地球に生きる私の命に、何か虚無を感じないことは無かった。
ただ、漫然と与えられたタスクを片付けるような生き方であった。
そんな怠惰な生活では命は満足しない
元来そんな退屈な生活が嫌いなので、山行ったり自転車乗ったりするんだけどね。
小ズクをやむのを続けているとそんな怠惰な生活になり、そしてカラダの抵抗力は落ちる。そうしてとうとう風邪をこじらせた。
多分、そのタイミングに意味はない
意味をつけようとすると、宗教になっちゃうんだろうな。
「神が与えた試練だ」なんてあり得ない。
「利己的な遺伝子」に、細胞内に起きる事柄にモラルは無い的なことが書いてある。
関連が全く無くは無いが、弱ったカラダに急な低い気温はあまりよろしく無い、それだけだ。
こんなに怠惰に、己の命を感じず生きているのに、風邪になりゃあ治そうとカラダを思ったりする。
風邪如きでも生きようと考えるようになる。
そんでも生きることの仕組みも意味もはっきりわかるわけではない。
誰も教えてくれないし、誰もわかっちゃいないんだと思う。
ただ、解ろうとする学問がある。
生物学である。
唯一ストレートに命を見つめる学問と考える。
だが、その歴史は比較的浅く、権威も低い。
米国ではダーウィンの進化論を教えないそうだ。
確かに物理や数学も命とはなんぞやというところに必要な学問である。
しかし、命とは、何故如何にして生きているのかに目を背け、原子力を利用しようとするなんて大変愚かなことである!
生物学はこれから様々な学問において、問題解決のヒントとなると思う。
例えば、現在行き詰まっている経済。
金を使うのは誰か。人間だ。人間を知らなければその理はつかめないんじゃ無いかと思う。

馬鹿たれな私もやっと考えるように、そして寝てらんねぇぞと、行動したくなって来た。
取り合えず風邪を治そう。
こんな稚拙な文章しか書けないようじゃ困る。ばかたれ。
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Author:sakukasaku2
信州伊那谷で山仕事をしています。
日々の伊那谷の四季の移ろいや、林業な話題、自転車やペーパークラフトについても発信していきます。
原発・核のない社会を。

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